前回のホワイトマジック(二つ前の記事)の回(12「揺るぎない観想」)で少し触れた「ハートと喉と目」という章(p229)の始まりの部分から。
ハート、スロート、「目」の真の意味を理解し、機能的な活動状態に入るように刺激することが、人類の導き手方の「この時期の」目標である、という。そのために考察すべきことは、ハート、スロート、サードアイのセンターについて、それらの目覚めと相互調整、「来たるべき世界周期」における、それらの使い方である、という。
来たるべき時代に「使用するようにならなければならない内的な構造の一部、として、その3つを使いこなし、意識的に用いることが出来なければならない」とのこと。
横隔膜より下の3つのセンター、つまり低位の3つ(1〜3)は、(本が書かれた当時の)「現在」人類の平均的な人々においては、最も活発である。それを「再編成」「方向転換」して、「積極的な状態から消極的な状態へと変化させること」が重要である、と。そして、上位の4つのチャクラを、その逆、目覚めさせて積極的な状態へと変化させる。
これには、二つの方法を用いるべし。
一つ目は、低位センターの積極的なエネルギーを、高位センターへ移行させる。
二つ目は、「意志の活動を表現することによってヘッドセンターを目覚めさせる」。
(1)ルート→(6)サードアイ含むヘッドセンター
(2)セイクラル→(5)スロート
(3)ソーラープレクサス→(4)ハート
という、フォースの重点の移行が起きていく必要があり、それにより、人格や肉体、感情や思考の変化が起きていく。
第三チャクラから第四のハートへのフォースの移行(変性と方向転換)により、グループ意識、グループの愛、グループの目的が認識されるようになり、熱誠家は人類の奉仕者になる、という。
これらの3つの移行が成し遂げられた時、「ある活動が究極的な統括要因であるヘッドセンターで起こり、内在の支配者である魂の意志の行使によっていくつかの出来事が起こる」(p234)
そしてもう一つの変化が起きるという。
「これらの変化が起こった時、弟子は新しい意識状態・新しい実存状態・新しい存在状態に心理的に目覚め始める」
この変化はゆっくりと進むことが重要で、なぜならば、直観や霊的知覚力と、論理的で知的な理解が、並行して起きていくという成長の仕方が、望ましいから。そうでないと隙間が出来てしまい、それにより、霊的な判断に間違いが生じることになる危険を孕む。
その後、例えばこんな人たち.. と、色々と挙げられているのですが、うむうむ、宗教的な世界に多々ありそうだという感じの。。要するに、マインドが清められないまま霊的な部分が暴走すると、生じてしまう(ジュワルクールいわく)『悲惨な状態』の元になるという。ゆっくりと進み、メンタルの変容のプロセスも同時に進めていくことが大事である… 本当に、ご尤もな話です。
この後、急に光線の話になり『?』と思ってしまったところ、どうやら、タイトルになっていた「ハートと喉と目」、その心は、単にそれらのチャクラ(目はサードアイであり、ヘッドセンターであるよう)の話ではなく、1.2.3 光線につながっていく話でした。
第一光線「意思・強さ・力」と、(目というより)ヘッドセンター、神経系と脳
第二光線「愛と知恵」と、ハートセンター、血液の流れ
第三光線「活動的知性」と、スロートセンター、細胞
あまり進化していない人の場合、第二光線のフォースはハートを通過して太陽神経叢で強く働き、同じく、第三光線の場合も、スロートを通過しセイクラルでの活動が促される、ということのよう。う〜ん。光線が出てくるとちょっと難しいですね。。
すべての人が必ず、最終的にはこの3つの主要光線のいずれかの道へと回帰することになっているそうです。シャンバラ、ハイラーキー、人類(の未来)、でしょうか。この地球での学びを終えて、道が別れる時、ロゴス、進化したハイラーキー、未来の人類への転生… を、それぞれが選択する?と、解釈すると少し飛躍してしまうかもしれませんが。
ハートとスロートがそれぞれ活性すると、その相互作用で、結果、クラウンチャクラが活性し、「頭部内の光」が現れるという。
道を歩み始めた段階から、ハートとスロートの浄化と活性に取り組むと良いと言えますね。それにより、連動する下位の太陽神経叢と、セイクラルも浄化が起きると思われます。逆の言い方をすると、第三のマインドと、第二の感情のお掃除をしないことには、ハートやスロートは活性しない、とも。そしてルートとヘッドも同じく連動している。
この「ハートと喉と目」小章の最終部分、興味深い、センター(チャクラ)の数字による表現について書かれていたので、そのまま引用します。
p242
諸センター(2つのヘッドセンターを除く)のフォースの花弁の数を合計すると四十八になる。肉体的な活力エネルギーと魂の特質という二つの様相を持つこれらのエネルギーが、アジュナセンターつまり眉間のセンターの花弁の九十六の様相、つまり九十六の振動になるのである。「花弁」という言葉は、フォースの表現とそれが物質に与える明らかな効果を象徴しているにすぎないことも覚えておかなくてはならない。したがって、四十八の花弁を持つ五つのセンターが2枚の花弁の蓮華に統合されているのである。そして、四十八たす二は五、つまり完成されたパーソナリティの数になる。五は人間の数で、十は完成の数である。またこれも象徴的であるが、五つのセンターの花弁の合計である四十八に、眉間のセンターの花弁の数九十六を加えると、百四十四という数字が現れる。この数は十二の創造ハイラーキーの仕事の完成、十二かける十二を意味しており、主観的な魂と客観的な肉体が完全に統一され、一体化されることを意味している。これは完成である。
この百四十四という数字に(ヘッドセンターの蓮華の花弁の数である)千という数を合わせると、『黙示録』に書かれている救われた人々の数、つまり、神の前に立つことができる十四万四千という数になる。この数字の三つのゼロはパーソナリティを示している。人が自分自身の内で偉大なる仕事を完成し、十四万四千という数字が彼の達成点を象徴するものとして見られるとき、彼は神の前に立つことが出来る。臨在の天使の前だけでなく、臨在そのものの前にも今や立つことができるのである。
「臨在の天使」=ソウル、「臨在そのもの」=モナド であろうと思います。神があり、神に至る道が在って… という構図で表されているものは、人が自らの根源に至ることの表現なのでしょう。すべてのチャクラを完全に活性した時、ソウル、そしてモナドとの合一が起きるのかもしれません。
今日はこのくらいで。
Love and Grace
Amari
