以前紹介した天外先生の『コミュニティ』。その後も少しずつ読んでいましたら、前の記事では「本の紹介だけ」と言っていたのですが、この本を読むキッカケとなったイギリスの老舗コミュニティであるフィンドホーンの事例の紹介部分に差し掛かり、やはりまたしても大いにうなづける話が出て来たので、少し記録しておきたいと思います。
天下先生が命名した「美しい物語」という言葉。社会を良くしたいという思いから、何らかの社会運動に立ち上がる人々。けれども人間は決して完璧ではない。心の闇を自覚なく誰もが抱えている。それがシャドウのモンスターとなり、当初の目的や崇高な意図とは、まったく違う方向、結果へと、いつしか向かってしまう。
例えば、フランス革命。確かに、世界史を勉強していた学生時代、印象的でした。不公平な社会構造に対して民衆は怒りで立ち上がった。しかしながらいつしかそれは暴力の連鎖となって、革命により生まれた政府からも多くのギロチンの犠牲者が出るなど混乱を極めました。そして結局はナポレオンという皇帝を擁する。そしてナポレオンもまた、周辺国との戦争の後に、廃されて流刑に。
日本ならば、豊富秀吉の晩年などを想起してしまいます。権力というのはやはり、人間の闇の部分を引き出す。そうではなかった人が、そうなっていく、というか。韓国時代劇でも必ず描かれる要素ですね。
理想を掲げて、闇雲にそこに向かう。これを「生存の美しい物語」と名づける。一方で、高い意識レベルを持った人が示す「存在の美しい物語」というものがあると、天外先生は定義されています。初期のフィンドホーンはその事例にあたる、と。
創業者たちは意識が高く純粋で、直接チャネリング・啓示を受けて動いていたはずなのですが、そのような人々は「存在の美しい物語」を現実化しようと歩み続ける。けれど、そこに集まる人の中には、数が増えれば増えるほど、その意識に至っていなくて、心の闇がまだ、清まっていない。創業者たちにそれが見えていないと、表面上しばらくはうまく行くように見えるけれど、結局は衰退・崩壊に向かっていくという。
天外先生が所属していたソニーでも同じような事があったとか。「実存的変容」を超えていた創業者のもと、担当者が自身のフローに乗って良い結果を出す「フロー経営」が出来ていたのだとか。その後継者たちが方法論を引き継いでも同じようにはいかず、ソニーの業績不振から日本中の株が暴落する「ソニーショック」という出来事に繋がったのだそうです(2003年)。
p102引用
フィンドホーンの創業者たちも、井深大(ソニー創業者)も、誰がやっても同じようなマネジメントが出来ると思っていたけれど、そのマネジメントスタイルは特定の「意識の発達段階」の発露であり、そのレベルに達していない人がいくら真似ようとしても無理筋なのです。
これを私は「存在(being)のマネジメント」と呼んでいます。その意識レベルに達した人がそこにいることによって人間集団が自然にある状態になるわけで、そのレベルに達していない人が「こうして、ああすれば、こうなる」と、いくら「行動(doing)のマネジメント」を駆使してもそうはならないのです。
(中略)ある意識レベルに達すると、自然にそうなるけれど、そのレベルに達していない人が、いくらやり方(doing)を工夫しても実現できません。
ソニーのような大企業の経営においても、小さなコミュニティ、大きなコミュニティにおいても、それは言えますね。さまざまな意識の段階の人々が集まるのだから、難しいテーマです。Being であり、Doing ではない。ヒーリングの世界や、エネルギーワークの学びにおいても、同じだなと思いました。やはり自分自身を清めて、深めて、磨いていくのみ。そこで生まれる「知恵」「叡智」が自分の力となっていくからこそ、創造の仕組みが心身に刻まれ「力」が備わっていく。それをうまく伝えていくのが課題だと感じます。
このくらいで。
Love and Grace
Amari
