前回のつづきです。
前回は、感情の光線、精神の光線について、それが現れる時期や人生での影響力についてなど書きました。精神体の光線は数千年に渡って同じものを纏い、学びを繰り返すよう。魂とは区別されるものの、だいぶ、魂が持つ使命に近づいた形で影響を受け、感情体や肉体の光線は、学びとしてはやはり初級編という印象で、まずはそこからスタート。
進んでいる人は、今世では肉体や感情体の学びというのは、自覚をして気づきを得るくらいですぐに超えていく(思い出すだけで良い。既に学びを終えているので次に進む)という感じなのだろうと思いますが、精神体のほうは数千年でようやく一つを習得するという。その次の話題に今日は移ります。
個性、とこの本では訳されますが「人格」「パーソナリティ」に当たるようです。前回ちらっと推察して書いたように、ソウル(魂)と、人格、との対比の中で、人格=この本では「個性」に含まれているのが低位三体、という概念の組み立て方で良いようです。本によって使用する言葉や、訳し方が違うので混乱しますが。
パーソナリティ光線は身体に着せる衣服、ないしは仮面にたとえることが出来る。今生きている人生の個人的なアイデンティティ。
魂は抽象的な思考のための道具であり、抽象化された本質や体験によって獲得された叡智の貯蔵庫です。
(p52)
一生の間に、パーソナリティ光線は変えることが出来るそうです。
そして次の、「魂の光線」ですが、やはり進化の段階によって顕現するかどうかは違いが出るようです。私たちが人であることに心の焦点が絞られ、人格の枠の中で生きるならば、魂光線が反映されることは無く、ソウルの資質として持っているのはもちろんだけれど、普段の生活の中では現れて来ない、眼に見える形、自覚される形では顕現しないのでしょう。
更には、モナド光線もあります。これは、永遠に変わらないのですって。
I am presence. ありてある我 =モナド の光線
それ以上はない、という私たちの要素なので、通常はモナド光線の自覚は無く、モナドにアクセスし、モナド意識を実感することが無い限り、その光線、性質を自覚することは無いのだとか。
モナド光線は、1~3のいずれかに当てはまるよう。
第一光線:神聖な意志と力
第二光線:愛・叡智
第三光線:活発な知性
モナドは、この3つの基本的な、本源的なエネルギーの波長で出来ているということですね。
ざっくりですが、これをアルガンザのジェネシス原型の大きなグループで言うと、
1はシリウス、シャンバラ、そしてヴェガ、
2はアンドロ
3はアルクトゥルスや水星
といった所でしょうか。
もちろん、モナドなので、イコールという意味ではありません。性質でつなげてみるならば、という感じで。
今のところ、モナドはみな、アンドロメダに起源すると考えています。
抽象的なので、光線論は難しく感じますが、こうしてひとつひとつの層をイメージしながら感じていくと、肉体からモナドまでの7つのライトボディが、ひとつひとつ、帯びている特徴、性質、それが、12星座の占星術や、血液型のように、タイプ・型がある、ということですね。
そして光線を自分で知ることで、それを生かしていき、ひいてはそれぞれのライトボディの光線タイプを「統合していく」ことを、学びの目的としています。
p88~『統合の段階」では、
誕生から、年代ごとの精神・心・意識の成長段階を踏みながら、6つめの段階で、一旦それまでのプロセスが崩壊する体験をし、それを経て、最後の第7段階で、個人を超えたグループ意識を発展させていくというシフトを体験するのだとか。その時、ソウルグループや、モナドグループ、との繋がりを促されるのではないでしょうか。
それと、さまざまな意味で、調整してきたもの・構築し維持してきたものが、崩壊するという第6段階って、まさに更年期なのではないかなと感じました。
大事な、興味深い部分なので、また次回ゆっくりと紹介したいと思います。
今日はこのくらいで。
Love and Grace
