こんにちは。だいぶ前から用意していたこの本。ソフィアのブッククラブ、「考古・神話・歴史」カテゴリーの最初の1冊にしたいと思います。私には珍しく(オンラインではなく)何となく書店に立ち寄った日に浮き上がるように目について手にとった本。フェミニズム的観点ではやはり気になる系統。実は古代のどこどこは、女性の立場が強かった、などの。それもタイトルが「イシスの娘」ですからね。。アルガンザのサロン&スクールでは『イシス』をエネルギー光線として以前から、そしてここ数ヶ月はなおさらに、フォーカスして取り上げている所なのでその意味でも。

『イシスの娘 –古代エジプトの女たち–』J.Tyldesley (細川晶訳/新書館)

最初なので、どのような本であるかのざっくりした紹介と、著者について、また訳者の方の後書き、「序章:地理と歴史」から、気になった箇所をピックアップしてみたいと思います。

まずは、著者について。

Joyce Tyldesley(ジョイス・ティスディスレイ)。イギリス生まれ、リヴァプール大学考古学部、オクスフォード大学で博士号取得。現在(本の出版時点・2002年)リヴァプール大学名誉特別研究員(古典学・東洋学)検索で拝見すると現在64歳、お元気そうです。

訳者の細川さんは、後書きを数行読んだ時点で私は「好きだな」と思いました(笑)。けっこう数行でもその人の世界観が伝わって来ますよね。

さて、女神イシスというとエジプトでは母女神として大切に信仰されていましたが、ギリシャ人の信仰に取り入れられた時に「流行した」とどこかで読んだ記憶があります。寧ろギリシャ人たちに好まれてイシス信仰は隆盛した、とか。エジプトの中心的な女神ですが、ギリシャ人たちに「人気があった」ことにより、キリスト教がギリシャ・ローマ含めた西洋世界を覆っていく中で、イシスの物語の一部や「処女懐胎」のエピソード、オシリス(兄であり配偶者)、ホルス(息子、上下エジプトの王の祖と伝わる)との「三位一体」や「生と死と再生(復活)」というトリニティの思想などが、キリスト教の中にスムーズに組み込まれていったとも考えられます。

もちろん、エジプト以外でもケルトなどの部族社会において三位一体の思想は存在していたので、イシス信仰だけの影響とは言い切れないけれども。ただ、キリスト教の発生と初期の形成期と、エジプト・ギリシャのイシス信仰はやはり切り離せないと思います。20年前くらいでしょうか、ダヴィンチ・コードで広まりましたが、その原作者が参考にしたと言われる、マグダラのマリア=イエスの妻 説が、流行しましたよね。

スピリチュアル界隈では今ではきっと「そうでしょ」という捉え方さえあるかも。ん?違う?少なくとも私はそう思っている%が多い。宗教的な縛りのない日本人なので、増して「スピ」業界?に属しているので、その点は気安く受け入れてしまっていますし、感覚的にやはりそれが自然では、という直感のようなものがあります。スピ分野では『マグダラの書』というチャネリング本も存在(トム・ケニオン/ナチュラルスピリット)。アルガンザのスクールの生徒さんたちの間でも人気でした。いわばマグダラとイエスは「ソウルメイト」の原型。

聖書の解釈はおいておいて。そのマグダラ、そしてイエスの母、二人の「マリア」がイシス神殿の聖職者であり、また当時のイシス神殿というのは(ギリシャ期のアフロディーテ神殿、中東の女神神殿なども)いわゆる聖なる性秘儀を行う女性司祭=「聖娼」たちが活躍したという考え方を、私はちょうど22~23年前に知り、小説群を執筆するキッカケになったのですが、その後少ししてダヴィンチコードの映画で、マグダラに注目が集まり。そのネタ本とされた「レンヌ・ル・シャトーの謎」などもまた、歴史好きなフェミニズム寄りのスピ女子?の間で好まれたり。その本で読書会を開催した時期もあったっけ。

そのあたりの考え方を個人的探求や執筆の参考にしつつも、エジプトのイシス女神とともに生きた女性たちとその社会の実像、のような実際的な部分には今まで迫ったことが無かったので。この本を見つけて嬉しくなりました。さっそく読み進めながら、皆さんにもご紹介していきます。

ギリシャの歴史の父ヘロドトスが著した『歴史』によると、エジプトでは「積極的に外に出て働く女性たち」と「控えめにしている男性たち」というあべこべな文化の様子を、実際に目にしたヘロドトスが驚いたらしい。まさにそれはイシスとオシリスの神話とも符号するし、日本の「古事記」などでも女性と男性が対等な奮起が時々香って来たりする、「古代、意外と女性の地位は高かった」という概念を彷彿とさせます。

訳者の後書きによると、古代エジプトというのは、古代中国などに比べて血生臭い権力闘争のエピソードが非常に少ないらしい。イシス女神の存在感や(その前身であるハトホルなども)、社会の市民における女性の権利の強さが、争いのない(少ない)世界を実現させていたのかも。。

ちなみに「イシス」とはギリシャ語読みで、エジプト語で正確な読みは「アスト」とのこと。ギリシャ人はこの女神を取り入れて信仰しつつも、ギリシャの豊穣の女神「デメテル」と同一視していたそう。・・ただ、ギリシャ人の世界観はすでにだいぶ神々のオリジンからデフォルメされていると考えられる。それはおいておくとして、「イシス=豊穣の母女神」として、エジプト〜地中海世界に受け入れられ、その信仰が広がった様子。

エジプトは3000年にもわたって「文明」を維持し、ピラミッド型の身分制度の中で人々は生きていた。モーゼのエピソードなどから、奴隷制度や身分差が激しいというイメージを持っていましたが、王侯貴族の文化的な暮らしやミイラや墳墓、戦争史だけでは見えてこない、庶民たちの暮らし、それも女性たちにスポットを当てたこの本の研究はとても興味深い。初回の最後に、「序章」一部を引用して載せておきます。

エジプトの女性がふつうでは考えられないほどの自由を謳歌したからといって、それと、いまでいうキャリアウーマンの原型と捉えるのは単純といわれるかもしれない。エジプトの男性が女性とはかなり違った人生を歩んだことが、どんな資料からも推測できるからである。

エジプト人は根がとても保守的で、しきたりを守ることに大きな価値を見いだしていた。そういう彼らが何の疑いもなく受け入れた考えは、人には果たすべき役割というものがあり、自然の秩序と社会の安定はそれで満たされるということだった。(中略)ひとりとして、コミュニティにおける富の配分は公平を欠き、身分には差があるなどと考える者はなかった。(中略)だからエジプトの娘たちは、自分も、母親や祖母が教えてくれた人生を歩めることを楽しみにした。自分の属するコミュニティは、エジプトが、いいかえれば世界が、正しく機能していることの象徴だと考えたのである。

p23~24(序章)

う〜む。やはり違う時代に生きる人、違う文化や信仰のもとで生きる人々の感性とは、私たちと違うはず。なるほど。。女性たちが生き生きと活躍していた、イコール、「男女平等!」と、現代の私たちのフィルターで喜ぶのとは、ちょっと違うのかもしれない。けれど、そんな「異文化」はとても興味深い。ピラミッド社会でも人々が安心して生きていた。男性たちは穏やか(?)で保守的。そんな中、女性たちは生き生き。・・・もしや日本に少し近いのでしょうか? 楽しみに読んでみたいと思います。宜しければご一緒しましょう。

Love and Grace

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