序文:「人間の三様層」

研究的な読み込み方をしていくのではなく、「神秘家」寄りの自らの体験や実感から、印象に残ったところ、気になる箇所、「これは誰にとっても大事そう」と感じて他の方々にもお伝えしておきたいこと、などを抜粋して行きますので、アリス本に関してはゆっくりゆっくりな歩みになると思います・・まずは、60ページにも渡る「序文」から。

この本で示す理念を学んでいくにあたり、基本概念が3つ、としてその2つめが「その通り!」と深く頷いたのでご紹介。

p16 l6-9

「3つの基本概念」はどれも大事なことを言っているのですが、中でもこの二つ目は、ヒーリングの分野ではよく聞く重要なポイント、癒されて変容を遂げそして成長し進化の歩みを一歩進むための、秘訣、いや、必須の法則、のようなものだろうと思います。

特に後半、太字の部分ですね。これが出来ないと、癒しを体験して、その時は楽になった・自分が大きくなれたような気がしても、再び慣習のようなエネルギーに囚われて、後退してしまうことも。もちろんそれでも、「夜明け前」よりは一歩前に進めているはずですが、外側からの(ヒーリングセッションやヒーリングツールによる)癒される体験を「したな」「気持ちが良かったな」という、温泉に出かけて帰って来たような状態で。

日常生活に戻ると、周囲を取り囲む環境や人々、他者の感情エネルギーに引っ張られたり、引き戻されたり、世間の有害エネルギーによりまた波動が下がってしまったり・・ 波動が下がると、かつてその周波数であった頃の自分の「パッケージ」にまるごと戻ってしまう。感情や思考も、現実の環境なども。なので、癒された人は何らかの形で、意識的に、それをキープしていくという努力が必要です。勉強や、フィットネスや、語学力などと同じですね。良い状態をキープ。

癒しや解放という体験を通じて、自分自身や世界や周囲についての「見え方」が更新される。本質に近づく。その仕組みや、以前抱えていたもの、今それを手放した自分、手放せたメカニズムなどを理解する。それをうまく運用し、以前とは違う自分を生き、よりよい現実を創造できるようになっていく。それが、「伝えられた真理を活用」ということだと思います。その新たに創造する、より周波数の高い現実の中で人は、より高い意識を経験する。以前の立ち位置では決して見えなかったものを見、以前の自分では体験できなかった感覚を体験、体感し、着実に理解を重ね、深めていく。=意識の拡大、成長、個人的進化。

ちなみに最も響いたので2つ目を先に取り上げましたが、他の「基本概念」も紹介すると

1つめ:教えを受ける人の話を鵜呑みにせず、部分部分の真偽を識別することが、学ぶ人自身に課せられる。という・・これもまた、学んで来た身、そしてティーチャーとして、どちらの立場でも納得出来ることです。学び手としては、教師の人柄、人間性を重視しがちですが、教えるティーチャーの経験からすると、やはり一人の未熟な学びの徒である訳なので、その時々全力を尽くしていても、全てを無条件に受け入れられる事にもやはり危惧を感じます。(が、日本の女性たちは優しいので、疑問を口にすることも控えてしまいがちで・・結果、全て受け入れておく、というようなことにもなるのかも。)やはり大事なポイントですネ

第3の概念はちょっと厳しめ、スパルタですよ・・・選んだ道を進むにあたって、何が起ころうと動じずに克服していく忍耐力が最も必要、と。それにより、

p16 l11

これも文字通りの意味ではありますが、「入口」までは、神なる次元、我々が人間界を卒業すると戻ることが出来る次元、ですね。自身がそこに帰依するという絶対的な信念、意志、忍耐力があればこそ、エネルギーレベルで起きた変化(癒しや解放)を、こちら、物理次元の現実へと、反映させることが出来る。

こうして、ジュワル・クール節で言われるととても厳しく感じられますが、いや、実際前に進めば進むほど、厳しい道のりだとは思いますが、ただ、私はこういった事をニューエイジのシステマティックなワーク、ライタリアン系のワークや、ヨーガ思想などからも学びました。真理とはそのようなものと思っています。一方で、以前仏教徒をしていた時期がありますが、とても善良でまっすぐな信仰でしたが、ジュワルクールの教えのような深淵さが無かったので(当然ですが)一般向け、そして思考の基盤がやはりこちら、三次元世界なのです。・・それは、残念ながら現在の日本の「スピリチュアル」の主流でも同じですが。

アルガンザのカレッジ、エコールでも繰り返しお伝えしているのが、

「ヒーリングやスピリチュアルに出会ったら・・物事の考え方、その基盤を、五次元的にしなければ、持続は出来ないし、理解が深まらない」ということ。自分は「物質界の人間である」・・というところから、「魂である」と切り替えて、エゴ(人格)のニーズに応える形でスピリチュアルな学びや活用をしようとしないことが、大切であると私は考えています。人格の自分自身の「望み」を叶えるために、スピリチュアルを活用しようとするのは、ただ、趣味の範囲でスピリチュアル風、を装っているだけ。

正直なところ、その感覚でスピリチュアルが「流行って」しまったことで、本当に魂の世界を学びたい人たちが近寄れる場所では無くなってしまっていること。宗教も然りで、真理を求める人にとっては、この世界をうまく生きるためのコツを知りたいのではなく、この世界の先、奥にあるものを知りたいし、そこへ回帰していく道のりを示してほしいのだろうと思う訳です。

そのようなニーズに応えてくれる輝かしい存在のひとつが、アリス・ベイリーの著作や、神智学ではないかと思っています。この世界への適用という点で、素晴らしい功績を残してくれたのは、神智学から人智学として独立したシュタイナーです。ここから先の時代は、シュタイナーの試みのように、スピリチュアルな叡智をいかに三次元的に翻訳し、三次元の人々や社会に受け入れてもらい、実用してもらえるか。かつ、それを皆で行っているうちに三次元世界が五次元へと持ち上げられていく・・・そのような変化、進化を、人類規模で実現していく時が来ていると思います。

今日はこのくらいで。

つづく。

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