Alice の他の本でも「秘教家」であるか「神秘家」であるかという話題がたびたび出てくる。前者は「オカルティスト」つまり秘教研究家であり、後者は神秘な世界をどちらかというと実践する人、つまりヒーラーのような人、スピリチュアルな… 今の言葉ではホリスティックな分野のセラピストや、昔で言えば魔術的な知識を実践しているような人々だろうか。

ちなみに日本だと「オカルト」には怪しい響きが伴うけれど、英語では「秘教」を意味する。そして秘教とは秘された宗教的知識体系を指す。一方で一般的な普及している宗教は「顕教」と呼ばれて分類される。

今日は、前回読んだ「規定3」の章の続きですが、「原理とパーソナリティ」という題が付された後半の部分に目を通していきます。秘教家(オカルト研究家)であることと、神秘家(神秘の実践者)であること、両方が必要であり、バランスが取れた時に、真の理解が得られるという。

タイトルにした「ハートとヘッド」も同じくで、メタフィジカルな学びの道を進んで行くにあたって、どちらから入っても良いし、過去生での積み重ねや経験値もあるし、今世背負っているパーソナリティの光線タイプもあるので人それぞれであるのは当然だけれど、いずれ、どの人も必ず、両者をバランスさせて、双方の方向から学び実践し、体験し理解することで、メタフィジカルな歩みは前に進むという話。

そのことを端的に伝える冒頭の文章を以下に。

存在の問題に知的な理解を通して取り組む人もいれば、ハートの理解を通して取り組む人もいる。ヘッドを通して動機づけられる人もいれば、ハートを通して動機づけられる人もいる。感じているためではなく、むしろ知っているがゆえに、物事を行ったり、しないでおいたりする人がいる。そして、情緒的にではなく、むしろ知的に環境に反応する人もいる。

サロンをやって来て、クライアントさんや単発の伝授セミナーなどの生徒さんだと、どうしてもそれほど、その方のタイプを理解するまでには至らない事が多いのですが、かつての「ヒーラーズカレッジ」というスクールでは、生徒さんたちは半年以上学ぶので、様々な声も聞くし、タイプが違っている様子、それぞれがまたクラスを通じて、あるいは他の人々との触れ合いから変化していく様子も分かるので、この章の内容はとても分かります。

本当に、生まれながらみんな違っているし、また、それまでの人生の過ごし方や、メタフィジに関する学び方や、エナジーワークに入ってくるまでの道のりなども様々。

興味深く感じたのは文章の後半部分。
『感じているためではなく、むしろ知っているがゆえに、物事を行ったり、しないでおいたりする人がいる。』
 
身に覚えのあることだけではなく、過去生の経験値、学びや実践の積み重ねからの感じ方の違い、選択の違い、が本当にあるのだろうな… と思います。なので、人と自分を比べていてはまずは、ダメで、メタフィジカルな学びにおいては、それはとても重要なポイントだと思います。

p142 次のような内容が書かれています(意訳的に)。
一例として。過去生で神秘家としての経験を積み、神の愛を体験として深く知り自身の一部とした人が、今度は極めて知的な人として生まれて来た場合。「感じる」「体験する」というスタイルでの神への奉仕は、その人生にはフィットしない。けれども、ハートでは神の愛にまつわる知恵を備えているので、深い所では神を理解している。

うんうん、サロンやスクールでも、そういう感じの方っていらっしゃいます。男性にも多いですよね。今生、男性に生まれたゆえに、ハートだ愛だ奉仕だ、という路線ではないけれど、妙にメタフィジカルなセンスを持っていて「知っている」ふうの方。

そしてハートとヘッドのバランスが取れた時には、自身のソウルと一体となり、また、更に上の段階であるモナドに触れることが出来るという。

また、より進化した者は、進化途上のものをよく理解する事が出来るが、その逆は難しい、という話。

p146
あなた方を遥かに超えた進化段階にある人々の行動に関しては、あなた方に次の三つのことを行うように求めることしかできない。

以下、
「判断しない」こと
(高い意識でのヴィジョンを我々は理解できないので)

より高い進化段階の存在たちの計画、目的のためにすべての「出来事」が「引き起こされる」。それを理解しなくてはいけない。過ちがあれば「罰を受ける」ことによって理解が齎される… 罰と言われるとドキッとしますが、因果応報、カルマの法則からすればもっともです。

「上位の方々は、進化段階の低い人々が過ちによって引き起こした状況を善用すべく待機している」

はい。。人間界に置き換えると、これも納得ですね。まだ「幼い」「賢くない」ゆえに間違った行動をする。子育てのような実際的なケースで考えても良いし、メタフィジカルな活動でも言えること。高次は「善用しようと」待機してくれているのですね。

次、興味深い..というか、日頃考えていることでもあったので、引用します

最生誕の法則が現在の危機の秘密を秘めているということも覚えておきなさい。いくつかの魂グループが、過去の時代に関連するカルマを解消するために一緒に転生してくる。人々は過去にひどい過ちを犯してきた。罰と編成は自然な解消法である。過去に犯した暴力や残虐さはその重いカルマを刈り取ることになるが、過去の誤りを変性させるすべてのものが今あなた方の手中にある。

カルマの法則、輪廻転生の事を言っている部分ですが、現在の危機、というのは当時世界大戦の時代なのでそのことを言っているのだろうと思われます。実は私も今現在、同じようなことを思っていて。。アトランティス末期の因縁を、人類は再現しているのだろうと。

「ジェネシス」概念に組み入れているのですが、いわゆる大洪水が13000年前として、その後、だいたい世界史でも(もしかすると最古かもしれない日本の縄文時代など、新石器時代あたりを見ると)12000〜11000年前くらいに、大洪水後のリセット後の「新しい」文明がポツポツ始まっている。

多分、最新の発見で世界最古であろうと今言われているのが、トルコのギョベクリテペですが、14000年以上前の遺跡のよう。これは恐らく、アトランティス時代に属するのではないかと私は思っていて、実は小説「マーラの名のもとに」の舞台を、そこに設定しています。

桃色マーラの神殿、主人公モアナの師匠であるセヴォアが、司祭長を務める
「アルピナ」の神殿です。ギョペクリテペをモデルにしているのです。

さて話を戻して、
アトランティス末期、「ジェネシス」では「ポセイディア」という都市国家が中心になっていますが、世界各地に植民地を持つ幾つかの勢力が互いに争い合う戦争が起こり、壊滅状態に。そこにシャンバラ、神界が大洪水を起こしてリセットしたという。

人類の、肉体を超えた魂レベルの「歴史」は、神智学によるとアトランティス後の現文明では少しずつ進化の上昇気流に乗っている、と言うのですが、恐らくこれまでの1万年ちょっとは、アトランティスの歴史を小さくして再現して来たのだろうと考えています。それが終わろうとしていて、ポセイディアの最終末期のカルマが、表出しているのではないでしょうか。

その「テスト」を乗り切れるかどうか。試されているのでしょう。幾つかのグループが同時に転生してくる、とのことで。カルマ解消のチャンスでもある。

更に読み進めます。
p147に、
「(事象の)すべてを一時の光ではなく、永遠の光に照らして見るよう決意し、兄弟たちがたとえ敵対するときでも、愛の法則に従い、彼らの中にある神性だけを見ようと絶えず努力する」ことが、「原理」に「固執する」時には重要な態度である、という話。


その後の文章から解釈し、意訳すると、誠実な人々であっても意見がぶつかり対立しあうものであるけれど、そうなるのは二次的な原理に基づいているからであり、より高い視点を持てば、「永遠の光」に照らして物事を、事象を、意見や立場の違う人々を見る、理解することが出来る。

そして、
「直観の光の中に見られる基本的な原理」に「固執する」人々に比べると、一般的に誠実な人々は「具体的マインド」を使うことにより、達成点は劣る、とのこと。

確かに確かに。メタフィジカルな人生を歩んで来ると、折々で、「普通に誠実で知的な人々」に対しても、物事の説明が難しいと感じることがあります。そんな時わたしは「5次元的には」という言葉を使うようにしているのですが… 「直観」で正しいと感じる、判断する、理解していることを、人に説明するのは難しいもので、実際に「あなたの話は難しくて理解できない」というような言葉が返って来たことも過去にはありました。

けれども、こういった学びの道を歩んでいるからには、やはり「基本的な(宇宙的な)原理」に、「固執」したいと思ってしまう。ただ、柔軟にしていないと、メタフィジカル(スピリチュアル)を優先することで、人とぶつかりかねないので、注意しなくてはいけない。

p148 ここで「原理」について説明が入ります

原理とは、私たちの太陽系の基礎になる真理のある様相を具現化しているものである。それは、私たちのロゴスが行うすべてのことの基礎になるアイディアの微少な部分が人間の意識の中に染み込むことである。ロゴスのすべての行為の基礎は活動における愛であり、人間ハイラーキーに関するロゴスの行為の根本的なアイディアは、前進へと駆り立てる愛の力である。好むならば、それを進化と呼ぼうが、生来備わっている衝動と呼ぼうがかまわないが、それは運動を引き起こし、完成へと駆り立てる愛である。それはあらゆるものをより完全な表現へと駆り立てるものである。したがって、この原理はすべての活動の基礎になるべきものであり、より下位の組織体の統治が、もし活動へとつながる愛に基づいているならば、それはそのメンバーすべての中に神聖な衝動を生み出し、同じように最も完全な表現へと駆り立て、そ結果、その完成度を高め、努力をより適切なものにするであろう。

良いですね。。
ジュワル・クール大師の言葉は時折、酔いしれることがありますが、ここはまさにそのような一文です。「活動へとつながる愛」「前進へと駆り立てる愛の力」。ちなみに人間ハイラーキーとは、いわゆるアセンデッドマスターたちのグループ、集合体、地球進化を促進する側に回った人々の魂、のこと。

ハートとヘッドのバランス、そして神、ロゴスへと通じる「原理」と直観。原理を貫くことは大事ですが、それは自分自身に向けて。他者を原理で裁くようなことにならないよう気をつけながら、学びの道を進みましょう。

「規定3」について、あともう一回、記事を書きたいと思います。長くなりましたので、今日はこのくらいで。

Love&Grace
Amari

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