エル・モリア
感情のエネルギーを変質させて、自分から引き離すことが出来ると、ただの記録、情報が残る。
それは自分の肉体や感覚とは接点を持たないので、痛みも感じることがなく、熱くも冷たくもない。
チャクラから引き離し、エーテル体やアストラル体といった、生命活動で流動する重さのある体との繋がりが立たれた情報は、感情ではなくなり、「記録」となる。
そうすれば、ただそれを仕分けて、記録の保管庫に納めておくだけだ。
それはもはや、貴方を揺るがすことも、脅かし衝動に向かわせることも、痛みや重さで動けなくさせることもない。
ただ紙に書かれた記録と同じ。
ただ、「記録」に変容変質したものは、もう味わう事が出来ないのだから、味わいたいとエゴセルフがそれに固執していると、変質は起こらない。
ソウルが手放しなさいと刺激を与えるが、エゴが「確かにそれは存在する。こんなにも確かに。」と、現実の世界に輪郭をさらに際立たせて描き出す。そこに苦しみ、痛みが生じる。
煩悩を発生させるものは、感情そのものではなく、それを必要としてもがくエゴセルフである。
「シャンバラの白い聖堂26」(2024年9月)にて、ワークの中でマスターエルモリアに導かれ、イスラエルのような白い石灰岩の大地と、白い湖のある神秘的な場所にて、湖の水に浸った洗礼のような体験をしました。当日その時だけでなく前後の数日にまたがって、「第二と第三」チャクラにまつわる教えを受けていたようです。その概要を言葉にしてみました。
