前回の記事のつづきです
6段階に渡って影響を受ける宇宙光線、そのうちのひとつめ「肉体の光線」について先日は紹介しました。家系的なカルマや身体的特徴、つまりフィジカルな次元での遺伝子に、現れるのではないか、という話で。よく親や家を選んで生まれて来るという言い方をしますが、光線という角度から探ってみると分かることもありそう。
今日はそのつづきで、「感情体」以下の体もまた光線の影響を受ける、という部分。ただ、本書では1〜7までの光線が、その体ではどのように顕現するか、ということが列記されていますが、それを全て上げていくことはせずに、それぞれの体の光線が、どのような形で私たちに影響するのかという点だけ、まずは触れます。
まずは「感情(アストラル)体の光線」について。冒頭から引用。
秘教心理学(霊的心理学)の目標は人格を魂と融合させることにあります。これをするためには、けばけばしい魅力と幻想を排除することが必要です。第二の通過儀礼において、感情を浄化するために数多くの体験を経て、魂の光が何ものにも妨げられることなく輝き出るように自らを浄化します。感情体のタイプを異なった光線に変え、そのレベルのけばけばしい魅力と幻想を浄化するには数多くの人生(何百という人生)が必要です。
p38
感情体の光線は幼年時代に明らかになり、比較的容易に見分けることが出来る、とのこと。少年少女時代、現れるようですね。そして第二イニシエーション(感情を克服、感情のメカニズムを超越する、感情ゆえの苦悩・煩悩という段階を超える)の段階を誰もが超えていく訳ですが、そのためには数百という輪廻転生を繰り返して、感情体のパターンを変容させていく必要があるとのこと。私たちがヒーリングや、自己啓発的なメッセージ、人生訓、あるいは映画などのサブカルチャー、そしてもちろん人生そのものを通じて向き合っている(合っていない人もいるかもですが..)感情の問題とは、まさにここ、第二イニシエーションに向かっている道のり、ということになります。多くの人はこの段階で生きているのでしょう。
肉体の光線は一つの人生で変容することが可能だったり、持ち越して次の生も、ということもあるようですが、感情の光線は数百の輪廻転生、数百年の時間を要するのだとか。感情を消してしまう、というのではなく、感情体が支配を受けている光線を変える、という試験..あるいはチャレンジのようなのです。バランス、ということですね。
次の「精神(メンタル)体の光線」に移ります。
精神体は宇宙の叡智に接触するための乗り物です。肉体の光線の場合にはひとつの人生において変えることが時として可能であるのに対して、感情体の光線の番号を変えるには数百年が必要であり、精神体の光線の番号を変えるには何千年もの年月が必要です。精神体の番号によって私たちはアシュラムのグループ(7つあります)とつながり、さらに、いくつかのグループの人々とつながっています。それは非常にスピリチュアルなものです。第四光線、第五光線、第七光線の精神体は増加しつつあります。社会の中で生活するために私たちは行動を変えるということを心に銘記しておく必要があります。その結果として共鳴と覚える特徴が複数あるということになります。しかしながら、それにしてもひとつの光線が支配的であるはずです。
p46
昨日ちょうど読んで書いていた A.ベイリーの『イニシエーション』06でもちょうど、マインド(意識)は魂と人格の間にあるもの、というようなことを。肉体(本能)的および感情的な人格が、魂に向けて進化(回帰)していくにあたって、マインドがその足がかりであり、布石であり、大活躍するツールでもあるということですね。マインド、メンタルをライトボディ上で統御しつつ、その実存スペースとなっているのが、オーラの3番目の層「メンタル体」、その外側は魂の情報をグリッディングしているコーザル体です。
何千年も同じマインドで生きるということ….か。果てしない感じがします。アシュラムの7つに分類されつつ、一つ以外の他のグループにも関わりを持つ、というのはとても分かります。そして進化していくには、「行動を変えていく」…いきざまの、質を高めていくということでしょうか。要するに成長していく、磨きを掛けていくということ。
このあと、パーソナリティ光線の話に移っていくのですが、コーザル体という言葉、概念を著者は書いていないのですが… 肉体・感情・メンタル(マインド)の総合的な結果・総和としての人格(A.ベイリー著の翻訳では「パーソナリティ」と訳されます)というまとまりが、人格光線の対象となるのか…な。ただ説明文を読んでいると、やはりそれはコーザル体=魂の個性 がまとうものであると、考えて良さそうに思います。
また次回、つづきを読んでいきます。
Love and Grace
