60ページにも渡る「序文」の後半、序文の中でも主題のように思われる『人間の三様相』の部分、大事なので少し丁寧に見ておきたいと思います。まず、「三様相」とは何か。

  • 霊・生命・エネルギー
  • 魂・仲介者・つまり中間原理
  • 肉体つまり現象的外観

となっています。簡単に言い換えると、スピリット、ソウル、肉体 ということ。確かに人間の三様相です。ソウルシステムが二重構造、とよくアルガンザでは表現していますが、そのソウルシステムを背負っている我々が自分だと思っている、思い込んでいるフィジカルな物質人間の部分を含めて3つの存在の層を持っている。神智学でいう「人間」という言葉は、その3つの存在の層を含んでいることが多いです。

肉体と、チャクラやオーラや軸といったシステムを通じて、ソウル、スピリットは連結していて、逆の言い方をすると、最初に存在するのはスピリットであり、それが宇宙の生命体のようなもの、けれど形態を持たない。少し形態的なシステムの中に、その情報を投影し、地球の現在の輪廻転生仕様にしたものがソウル(魂)。

そのソウルというパターン(型紙)をもとに、今回の人生の役作りつまりホロスコープや人生の設定・家系や遺伝情報を組み込み、地上で物質的に生まれてこれるようにセットされた鋳型のようなものがあって、それがエーテル体であり、エーテル体を物質界の情報に翻訳して、実際にこの物理領域に存在しているのが、私たちが「自分」だと思っているもの。… そんなふうに、個人的にはイメージしています。

では、ジュワルカルがどのように表現しているか。まずは「スピリット(霊)」から見てみます。

p42

「知恵の大師」はいわゆるニューエイジのスピにいうマスター、アセンデッドマスターと思って良いですね。「秘教心理学者」はこの本のような学びをしている人のこと。最初の一文は我々がソウル、魂のことを神秘だとして探究したり捉えたりするほどの、難しさはない。何が、というと、マスター方にとっての、スピリットつまり霊というもの。大師方は、霊の性質をもっと理解しているという。アデプト、勉強不足かもしれないけれど、神智学のような秘教を学んでいる者と、マスターの中間のような人々という解釈をしています。

地上に居て、シャンバラ、ハイラーキーの仕事をしている。その後に出てくる「第三段階以上のイニシエート」と同じ意味と考えて良いのかなと。第三イニシエーションというのは、キリストレベルなのですよね。

アデプトの段階の人々にとっては、宇宙の源からスピリット段階の創造の仕組みやその階層のメカニズムについてメンタル的に研究をする。我々がソウル、魂について学ぶのと同じように。これは上にあるものは下に、というフラクタル構造でイメージして良いのでしょう。

はい。同じ日本語ながらにまるで書き下し文を添えるように読みほぐしてしまいましたが、結構、個人的にはこういった記述は大事な要素に思えます。ソウルシステムについて言及していますからね。続き、

とても興味深い部分です。太字−1は、宇宙規模の、惑星や恒星やロゴスのようなことを言っているのかな?とも思いつつ、「自らが操作、使用」するとあるので、ひとりひとりの中のスピリット=生命 を言っているのかな。シーソーの中央に立つようにして、というのは、烏滸がましくありますがヒーラーや秘教研究をしていると、三次元と五次元のふたつの世界の法則を駆使して生きている感じはあります。またレベルは違うのだろうとは思いますが。選択した時は、ブッディ界で機能。これも結構私達に起きているようにも思いました。選択を迫られつつ、行きつ戻りつしているのが、現代、21世紀のニューエイジ、ホリスティックな生き様を目指して学んでいる者の立ち位置かも。

より高い階層でその学びと研究と実践をされているイニシエート、アデプトの方々は、二つめの太字部分「宇宙においてフォースや物質の原因になっているもの」つまりそれが、=スピリット、霊であり、その性質と目的について、向き合う学びの途上にある。我々はその手前で、同じようにソウル(魂)について、より物質的な次元で学び体験している、ということ。

解釈が違っている部分がもしあればごめんなさい、ですが。私なりに読み下して(笑)みました。長くなりましたので、今日はこのくらいで。

Love and Grace

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