こんにちは。チベット流のヒーリング、って何だろう?と、地元の古本まつりで手にとると、五大元素の教えをワークや瞑想に取り入れて、実践的な、西洋人にも分かりやすいメソッドとして紹介しようという試みをしている本でした。著者は、インド北西部に生まれ、13歳から多くのラマ、つまりチベット仏教の師たちにより教えを受けた後にイタリアを経て、アメリカでボン教の教育研究機関を設立し、欧米の人々にチベット思想の伝授を行なっているそうです。
..と、ここで私は自分が、「ボン教」と「チベット仏教(密教)」の区別が出来ていない事に気づきました。著者の活動やこの本での主軸は、ボン教の「ゾクチェン」とのこと。ゾクチェンと言えばチベットの深遠な瞑想法とその思想、というくらいしか知らなかったのですが、それではゾクチェンとは、ボン教?それとも、ダライ・ラマで象徴されるチベット仏教に属するのか。素朴な、初歩的な疑問が。
「ゾクチェン」とは、ボン教と、チベット仏教のニンマ派に伝わる教えのよう。主にチベットのスピリチュアルな思想体系は、
- シャーマニズム(古来の民族宗教、アニミズム系)
- タントラ(インド経由でチベット仏教に取り入れられている)
- ゾクチェン(ボン教と一部のチベット仏教に伝わる)
が、古来そして現代も存在し、著者によると、五大元素についての見解も、その3つの思想により階層が変わってくるという。シャーマニズムは外的レベル、タントラは内的レベル、そしてゾクチェンでは秘密のレベルと、それぞれ語られる次元が違うのだという。私自身のボン教とチベット仏教に関する混乱を解きながら、「ゾクチェン」をキーワードに、この本を読んでいこうと思います。
五大元素の秘密の次元は二元論を超えているゆえ、言葉で説明するのは難しい。言葉というものは、必然的に体験を対象化してしまうものだからだ。この最も微細な元素の次元は生き物の放つ光、すなわち「五つの純粋な光」と呼ばれるものであり、存在の土台である空性と不可分の輝きである。このレベルと結びついた修行と教えは「大いなる完成」と呼ばれる『ゾクチェン』に属する。
p39 第一章「五大元素」
五大元素を考えるにあたり、もっとも深遠かつ高度な内容にあたるものはゾクチェンに在る、ということですが、著者は続けて次のように言っています。
最高のレベルの修行とはその人にとって最も効果的であるという意味であって、必ずしも「より高度である」と分類されるものではない。と。ここは大事だな、と深く頷きました。自分の身の丈にあったメソッドと、この世に存在する最も宇宙の真理に近い高度な叡智、はまた別であるわけで、他の階層の教えは、純度の高い叡智の中に内包されるものの、心のレベル、生活レベルに降りて来て語ってくれる知恵というもの、やはり大事であるというお話。これは何にでも当てはまる事だと思いました。
それからまた別のところでは、こういったスピリチュアルな情報をハウツー、その時だけ気持ちよくなる方法論として利用するべきではないという様なメッセージも、何度も書かれています。スピリチュアルな事って、本来は一歩一歩、歩みを進めていくものであり、その先には、私たちの源であり、またこれから向かうべき所でもある、純粋な絶対善のフィールドに向かい、少しずつ、時に止まったり迷ったりすることがあっても、変容し続けていくことだと常々、考えています。
現代のスピリチュアル、日本のブームも、物質的な世界を生きる自分が困っている問題を解決する、その時のよからぬ要素を解消するための道具として、活用してしまうような風潮がある気がするけれど… 「聖なるもの」や「聖なる場所」と繋がり直し、その繋がりを深めていく道のりなのだから、著者のいう事は尤もだと思いました。チベット人にとっては当たり前のことを、欧米の人々に向けて書いている故の、注意深い言葉がたくさん見受けられます。
そして大変興味深いのは、アーユルヴェーダでも習ったし、アルガンザのスクールでも取り上げて来てはいるのですが、「この世で起こる問題はすべて、五大元素の乱れである」という基本概念が、この一冊の本を通じて詳しく書かれているので、これはとても貴重な情報源であり、教えの書だな、直感で良い本を買ったな、と思った一冊です。調べてみると、私はたまたま古本で入手しましたが、今でも普通に新品で売られている本でした。興味を持った方はぜひ、情報を見てみても良いかも。
今日は前書きのようになりました。この本について何度か、良いなと思った箇所をまた、ご紹介したいと思います。今日はこのくらいで。
Love and Grace
